SNSを見ていると、FIREを達成した人を珍しく感じなくなりました。〈なお、現実正解ではいまだに一人も出会ったことはありません…。笑〉
30代で会社を辞めた人、配当金だけで生活している人、数億円の資産を築いた人。
少し前なら驚いていたような話も、今では日常的に目にします。
FIREという言葉が広まり、実際に会社を辞めて自由な生活を送っている人たちの姿が、以前よりも身近になりました。
そんな中で、思うことがあります。
FIREは、もうそれほど特別なものではないのかもしれない。
では、FIREを目指している自分にとって、その価値も小さくなったのでしょうか。
今回は、FIRE達成者がありふれているように感じる今、私が思うことを書いてみます。

FIRE達成者は珍しくなくなった
SNSには、さまざまなFIRE達成者がいます。
自分より若くして会社を辞めた人もいれば、自分より多くの資産を築いた人もいます。会社員として働きながら資産形成を続けていると、すでに自由を手に入れた人たちの姿が目に入ります。
SNSで目にする人たちが、FIREを達成した人全体を代表しているわけではありませんが、以前に比べてFIREという生き方が広く知られるようになったのは確かでしょう。
かつては、定年よりもずっと早く会社を辞めることは、特別なことのように感じられました。
しかし今では、資産形成を続け、経済的な自立を実現し、会社を辞めるという選択肢があることは、多くの人に知られています。
今週のクローズアップ現代〈投資しないと取り残される?広がる“お金の焦り”〉においても、当然のようにFIREというワードが語られていました。
FIRE達成者が増えたというより、FIRE達成者の存在を知る機会が増えた、と言ったほうが正確なのかもしれません。
いずれにしても、FIREという言葉そのものに対する特別感は、以前より薄れてきたように感じます。
それでも、自分にとってFIREは大きな達成
では、FIREが珍しいものではなくなったからといって、自分がFIREを達成することの価値も小さくなるのでしょうか。
私は、そうは思いません。
他人がFIREを達成することと、自分がFIREを達成することは別の話だからです。
私自身、45歳でのFIREを目標に、資産形成を続けています。
節約をし、投資を続け、配当金を積み上げてきました。相場が好調なときもあれば、不安を感じるときもあります。それでも、目先の値動きに振り回されず、少しずつ目標に近づいてきました。
SNSを見れば、もっと早くFIREを達成した人も、もっと多くの資産を持つ人もいます。
しかし、誰かが30代でFIREを達成したからといって、自分が45歳で達成することの価値がなくなるわけではありません。
他人にとっては珍しくない出来事でも、自分にとっては長年の積み重ねの末に実現する、大きな達成です。
大切なのは、誰よりも早くFIREすることでも、誰よりも多くの資産を持つことでもありません。
自分が目標としてきた生活に、自分の力でたどり着くことです。
定年まで働くのが当たり前、という価値観から離れたい
私たちは、学校を卒業して就職し、働いて収入を得て、定年まで勤め上げるという生き方を、当たり前のものとして考えがちです。
仕事にやりがいを感じ、長く働くことに充実感を覚える人もいるでしょう。定年まで働くことを望む人もいるはずです。
ただ、それが一般的な生き方だからといって、自分も必ず同じ道を歩まなければならないとは思いません。
人生は有限です。その限られた時間を、どのように使いたいのか。
何歳まで働くのか。どんなことに時間を使うのか。どんな人と過ごし、どんな日常を送りたいのか。
本来、こうしたことは自分自身で決めていいはずです。
それでも、生活費を稼ぐために働き続けなければならない状況では、選択肢が限られます。
仕事を辞めたいと思っても、収入がなくなることを考えれば簡単には辞められません。もっと自分の時間を大切にしたいと思っても、仕事や組織の都合を優先しなければならないこともあります。
だからこそ、私はFIREを目指しています。
会社を辞めることそのものが目的なのではありません。
働くことを人生の前提にするのではなく、自分の人生に合わせて働き方を選べるようになりたい。
そのために、経済的な自立を目指しています。
残された人生という大海原を泳ぐ自由
私にとって、FIREを達成したときに得られるものは、仕事をしなくても生活できるという安心感だけではありません。
それは、残された人生という大海原を泳ぐ自由です。
どこへ向かうのか。どんな速さで進むのか。途中で立ち止まるのか、それとも別の方向へ進むのか。
自分の人生を、自分の意思で決めていく。
もちろん、FIREを達成したからといって、何もかも自由になるわけではありません。生活費は必要ですし、家族との暮らしもあります。健康や将来への備えについて考える必要もあります。
それでも、生活のために働き続けなければならないという制約が小さくなれば、選べる道は増えます。
仕事を続けたければ続ければいい。働く時間を減らしてもいい。今まで仕事を優先していた時間を、家族や趣味、自分が興味を持ったことに使ってもいい。
何をするかだけでなく、何もしない時間を持つことだって、自分で選べます。
私が手に入れたいのは、FIRE達成者という肩書きではなく、他人からすごいと思われることでもありません。
残された人生を、世間の当たり前や他人の価値観だけに縛られず、自分が納得できるように生きていくための自由です。
FIREがありふれたものになっても
FIRE達成者が増え、FIREという生き方が珍しくなくなったとしても、私がFIREを目指す理由は変わりません。
誰かがすでに実現しているからといって、自分が目指す意味がなくなるわけではないからです。
むしろ、他人の資産額や達成時期を気にするよりも、自分がどんな人生を送りたいのかを考えることのほうが大切だと思います。
45歳でFIREを達成できたなら、それは私にとって大きな達成です。
そして、本当の意味でのスタートは、そこからなのかもしれません。
資産を築くことは、人生の目的そのものではありません。自分が望む人生を送るための手段です。
だからこそ、FIREを達成したという事実だけで満足するのではなく、その先の時間をどう使っていくのかを大切にしたいと思っています。
FIREが特別かどうかは、他人が決めることではありません。
自分にとって価値のある人生を実現できるのなら、それでいい。残された人生という大海原を、自分の意思で泳いでいく。
その自由を手に入れるために、私はこれからも資産形成を続けていきたいと思います。
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